犠牲者の遺族から

キム ドイム

金 道任さん(1936年生)

私は関東大震災の時のことは、まだ5才になっていないとき、母が昔話をしながら、自分のお兄さんがこういう亡くなり方をしたと何回か聞きました。強い言葉やつらい言い方じゃなくて、母の顔がとても悲しそうで。

伯父の朴徳守は10才下の母をとても可愛がってくれ、母はとても尊敬していました。その伯父33才で故郷に妻と3人の子供を残したまま震災のとき群馬から東京へ向かう途中で、行方がわからなくなりました。

私はすごく子供だったから、自分では表現できなかったんですが、心に深く、「ああ、なんてひどい殺され方をしたんだろう。殺された人たちの心は、くやしくて、つらくて、何で何で何でこんな殺され方をされるのだ…!と、叫び、もがき、苦しみながら・・・死んでいったのだ。」と関東大震災の時のことが心に焼きつきました。

 

自分が結婚して子供ができたあとも、関東大震災のとき犠牲になった人たちの事が頭から離れないんですね。9月になると防災だなんだってテレビやラジオで騒いでも、犠牲になった人たちのことは一切言わない。「ああ、悲しいな」って思っていました。

そうしたら絹田先生のグループが実際に韓国まで行って、証言を一つ一つひろって本にしたのを目にして、すごく心が慰められました。伯父の長男の証言が『風よ 鳳仙花の歌をはこべ』に載っています。長男も次男ももう亡くなっていますが、その子供たちも本は読んでいます。

地球は一つしかない。その中で人間が生きているのに、3世4世になっても子供が結婚しても部屋を貸してくれないとか、差別が無くなっていかないんだろう、時代が良い方向へ行かず、悪い方に行くんだろうと思うと胸が痛みます。もう70才をすぎたけれども、少しでも人間が良い方向に行かれるように願っています。